島を旅する

ホーム島を旅する本島:三宅邦夫さん

本島:三宅邦夫さん


「本島はとにかくドラマチックな島」と語る三宅邦夫さん。ご存じの通り、瀬戸内海は古くから交通・交易の要所として栄えた場所。その内海を縦横無尽に駆けていたのが塩飽水軍です。彼らの拠点だった本島には、そうした文化伝来の足跡が今も数多く眠っています。


江戸~明治時代の古い街並みが残る笠島まちなみ保存地区。中でもユニークなのが、この曲線を描いた家。造船で鍛えた塩飽大工ならではの造形です。民宿として泊まることもできます。

優れた操船・造船技術によって、時の権力者たちから「人名制度」と呼ばれる自治権を与えられた本島。代々島を治めた年寄たちの功績は、「人名墓」という形で今も残っています。ところがこの人名墓、お墓にしては剣の様に細長く、どこか西洋風?「じつは讃岐で最初にキリシタンへ改宗したのは本島の者と言われています。史料によれば、宣教師が京へ渡る途中、潮待ちで立ち寄った際に世話をした宿の女主人だったそうですよ」。もしや・・・?!思わず妄想を膨らませつつ、人名墓の次は、法然上人ゆかりの専称寺へ。「このお寺は、浄土宗の方にとっては知る人ぞ知る聖地。京から流された法然さんが晩年を過ごした場所で、法然さんの形見の秘仏が伝えられています」。

他にも、地元の人も知らない歴史ミステリーがまだまだあるという三宅さん。目下捜索中は、大坂城築城の折に本島から切り出された「残石」。文献によると島内に200個以上残っているそうで、すでに47個は発見済み。「探せばもっとあるはず」と少年のように話す姿を見ていると、まだまだ本島探求は続きそうですね。次に来る時はどんなお宝話が聞けるでしょうか。


遠見山展望から西へ下る途中、さざ波のような笠島地区の瓦屋根が現れます。「僕が子どもの頃は『みかんの花咲く丘』の唄のように、ここから汽船が黒い煙をモクモクさせて通るのが見えたもんだよ」。

真横から望む瀬戸大橋は、橋からわずか2kmしか離れていない本島ならではのダイナミックな景色。数あるビューポイントの中でも、三宅さんのオススメは遠見山展望台。



これ何かわかりますか?
本島には、亡骸を埋める「埋め墓」とお詣りする「詣り墓」を分ける「両墓制」という風習が今も残っています。



島を歩くと、あちこちで出会うお地蔵様。最近「磨崖仏」も見つかったんですって(写真左)。新在家海岸から北へ、周回道路沿いにもあるので探してみて。


このページの先頭へ